平成22年度 秋季関西学生法律討論会 論題

分野:憲法

 A県B市に隣接していた旧C村には、戦前から同村民の経営によると畜場(以下「本件と畜場」という)が存在しており、同村民の多くは、先代ないし先々から引き続いて、食肉供給業ないしと殺業(以下「食肉供給業等」という)に従事して生計を立ててきた。昭和27年頃、C村地区がダム建設予定地とされ、C村民の多くはB市に移住することとなったが、その際、C村民から、食肉供給業等を継続したい旨の要望がB市に寄せられた。そこでB市は、「B市食肉センター条例」を制定し、本件と畜場を市営として運営することとした。なお、本件と畜場の利用資格に制限はなく、利用業者は、その利用毎に使用料を支払い、と殺及び内臓洗いをそれらの各業務に従事する者(以下「と殺業務従事者」という)に委託する場合はと殺業務従事者に委託料を支払うが、利用業者又はと殺業務従事者と市との間に委託契約・雇用契約等の継続的契約関係はなかった。利用業者等には旧C村民以外の者も含まれていたが、市営とされた結果、本件と畜場は、民間経営からの期間も含めると、約1世紀にわたり、旧C村民又はその家系で食肉供給業等に従事してきた者の生計を支える施設として稼働した。
 平成9年に、と畜場法施行令が改正され、同12年4月1日から牛又は馬につき適用される一般と畜場の構造設備の基準が厳格化されることとなった。B市は、本件と畜場を上記と畜場法施行令改正に適合させるには施設の新築が必要であり、概算として8億円程度が見込まれたことから、利用業者との間で協議を重ねたものの、本件と畜場の存続が困難であるとの結論に達し、同12年3月1日、本件と畜場を廃止した。廃止に際しては、B市議会において、本件と畜場の経緯に鑑み、地方自治法244条の2第2項前段に準じ、議会の出席議員の3分の2以上によるべきことも提案されたが、最終的には出席議員の過半数により「B市食肉センター条例」が廃止された。一方、主に旧C村民又はその家系の食肉供給業等の従事者の多くは、本件と畜場廃止以降も営業存続の希望を強く持っていたため、営業存続ないし生計維持ができるよう配慮してほしい旨B市に要望した。そこでB市は、本件と畜場をめぐる経緯に鑑み、旧C村民及びその家系である利用者及びと殺業務従事者を対象に営業存続ないし生計維持にかかる補償的見地から支援金を支給した(利用業者については他地域のと畜場利用に要する施設整備[運搬庫・冷蔵庫等]費用等につき利用実績を基に算出し各業者1000万円程度、と殺業務従事者については従前所得を基に雇用保険制度を参考に算出し各従事者600万円程度とされた)。B市内で食肉供給業を営んできたXは、本件と畜場がB市営となった当初から、40年以上にわたり本件と畜場の利用業者であったが、自身が旧C村民ではなかったため支援金が支給されなかった。
 このためXは、他地域のと畜場利用にかかる施設整備の費用等を工面することができず、その食肉供給業の継続が著しく困難となり、ついに廃業した。納得のいかないXは、本件と畜場廃止をめぐり、法的に争おうとしている。Xが主張しうる憲法上の論点について検討しなさい。

出題:同志社大学法学部教授 尾形健